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ひんやり感

ブログです。

映画「少年と自転車」「明日の空の向こうに」感想

「少年と自転車」(2011, ベルギー, フランス, イタリア)

男の子の眼差し、不器用に愛を求める姿にはついつい感情移入し、涙ぐんだりしながら観ていたのだけど、終止感が薄い。コードで言えば3度のマイナーで終わってしまったみたいな、歯切れの悪さのある映画だった。
彼の父親が彼を捨てたことに起因しているとは言え、選択の余地があるなかで彼の引き起こした問題が、あまり彼の力によらずに収まっていくことは、罪には償いがつきものだと思って観ている野次馬にとっては不満だった。

例えば、彼に襲われた男、バットで頭を殴って金をとった相手が(形だけでも)あっさり彼を許してくれるということ。男が分別のある大人だから、そういうことになるのだろうか?彼をけしかけた人間がいることを理解しているから、彼のことは許せる、ということなのか?
里親となってくれた女性があまりにあっさりと彼を受け入れること。里親には恋人があるが結婚はしていないし、特に不妊症だとか死ぬほど子供好きだというような演出もない。彼があまりに可愛らしかった、あるいは哀れであったからか。とち狂った母性のなせる業なのか。彼の存在がきっかけとなって彼女は恋人と別れてしまうし、彼が襲った男に対して払う慰謝料も、この女性が払うということで丸く収まってしまう。
また、彼がその親子を襲うようにけしかけた近所の不良は収監され、そのことによってひとまずの絶縁が示されるが、それは彼がつけた折り合いではなく、法による一時的な薄い壁でしかない、ということ。

その後、彼が襲った男の息子(その息子のことも殴った)から追い回され、登った木から落ちたことで、しばらく気絶するのだけど、それでその件の贖罪は住んだ、というような演出がなされること。そんな簡単に済んでいいのだろうか、死んでしまう可能性だってあるようなことをしたのに?そしてそれがこの映画のラストシーンなのだ。いまいち、後味が悪かった。



「明日の空の向こうに」(2011, ポーランド)

浮浪児が三人、マシな生活を求めて亡命し、元いたところに送り返される、と言うだけの映画。絶望に対する希望的な姿勢が好印象だった。そして画面がやたらと美しい。美しい緑の風景と、その光の撮り方、子供に対するカメラの視線(間違いなくショタコン向けの映画だ)。この映画の監督は、「僕がいない場所」という、同じくショタコン向けの映画を撮っている。こちらも内容は明るいものではないのだけど、画面の綺麗な映画。映画としてどちらが良い、と言うわけではないけれど、物語の展開度合いは「僕がいない場所」の方が幾分か多かったかな。

Yahoo映画のレビューを覗いたので、そこで読んだ二つのレビュー(星五つ中一つの低評価付き)に対して、良い感じの映画だなあ、と思った身から反論を述べておく。
第一に、男の子たちのふざけ合いがやり過ぎだという意見。これは小さい男の子に対してピースフルな期待を抱き過ぎている人間の意見であると思われるので、取るに足らない。
第二に、越境シーンが長すぎだという意見。越境シーンを長々撮るからこそ、あっさり送り返されるときの虚脱感が生まれるのではないだろうか、と俺は思った。これは、人によって感じ方の違うところだろうと思うけれど。