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ひんやり感

ブログです。

「夜の国のクーパー」と「冷たい水の中の小さな太陽」を読んだ

小説・映画
伊坂幸太郎夜の国のクーパー

小気味よい暇つぶし小説、出来の良いジョークを披露されたような読後感。猫も喋るし鼠も喋る、少々ファンタジックな世界の中で、小さな国家の危機を巡るドラマはシリアスに、尚且つ軽快に進んでいく。それでもって、やっと端まで歩いたところで、伏線がことごとくひっくり返される。これは伊坂幸太郎の小説にはよくあること。怖い髭のおじさんが出てくるのも、伊坂幸太郎の小説にはよくあることだ。

登場人物のキャラクターとか物語の構成がある程度パターン化してることに関しては、本人もきっと開き直っているのだろう。キャラクターの創造というのはきっと大変なことなんだろう。それか、役者を使い回すような感覚で、意図的にやっているのかもしれない。手塚治虫みたいに。

「戦争になったらやだなあ、怖いなあ」という気持ちから出発して、こんなエンターテイメントに仕上げてしまうのは流石だとおもう。ちなみに二年くらいかけて書いたらしい。



サガン「冷たい水の中の小さな太陽」

60年代後半のフランスが舞台。主人公のジルは容姿端麗精神空疎な中産階級のパリジャン、まあ、クソ野郎と言うと言い過ぎだけど、セックスアピール以外のものをあまり持っていない、つまらない男だ。彼は数ヶ月に渡り原因不明の重々しい憂鬱を抱えていて、その憂鬱から逃れるために姉夫婦の住む地元に帰ることになる。それから姉夫婦に連れられていったパーティーの席で、随分まともそうな女性と出逢う。お陰で彼の憂鬱はすっかり晴れてしまうのだけど、最終的は半ば自業自得でそれを台無しにして、ブルーに暗転……という話。

主人公の目線で感情移入しようとしながら読んでいたので、やや哀しかったのだけど、読み終えてから、このジルというのはただのろくでなしであって、俺が忌み嫌うクソみたいな大人じゃないか、ということに気付いた。洒落てるような下らないような、フランス的だなあと感じる諸々の色彩と戯れることができる。漠然とした憂鬱のお供に適している小説だと思う。それと、話の筋を紹介したけれど、人物の観察のされ方とか、主人公に関する突き放し気味の描写とか、ちょっとした台詞とか、そういう部分の素敵な小説だと思う。