読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひんやり感

ブログです。

12/8 コミュニケーションについて約700文字

日記
簡潔に書けてないけど。

もし友達付き合いに緊張するのなら、友達など要らない。自分が安らいで居られない場所にいる必要など無いから。友達なんていくらでも失くせばいいのだ。これは逆説的な話で、何が言いたいかと言うと、失っても構わないとでも思わない限り自己開示は難しいと、おれは感じている。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と思う。

心というのは、不都合なものだ。他者に望まれたようなことを感じる訳ではない。好きになりたいものを好きになれる訳ではない。だから誰かが自分に良くしてくれても、俺はそれを何とも思わず、むしろ降りかかる厄災のように扱ってしまう事がある。ーー話を一瞬だけ横道に逸らすけど、心配というのはろくなものじゃないと思う。ーーまた、働く事がダイスキになれば人生はさぞ楽だろうと思うのだけど、そんな事にもなりそうな気配が無い。

だけどその不都合な心こそ自分なのだ。それを開示することが出来る相手が欲しいなら、普段からそれを開けっぴろげにして置けばいいと思う。そうすれば、その自分に対する他者の正確な反応も分かってくる。自分の言動に対する相手の反応は、当たり障りの無いやりとりを超えて来るにつれて、予測不可能なものになってくる。それは怖いことだ。だけど本当は、その予測不可能なところが、コミュニケーションの面白さなのだと思う。

他者の反応に関わらず、自分で自分のことを認められることが重要だと思う。彼にとっては彼が正しいが、自分は自分の正しい考えを持っているというのも本当だ。人殺しですら時に崇拝される世の中、どんな事をしても自分を肯定する人と否定する人がいる。他者は風向きのようなもので、合わせれば楽だけど、自分の目的地の方が、個人としては大切なんじゃないか。