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タイに行った(2018年2月)

一週間ほど、タイのチェンダオという街に居た。さとこと、菅原ユウキさん(がーすーさん)と、おれの三人で。

 

行きの飛行機はクアラルンプール乗り換え。早朝に着いて、昼頃まで次の飛行機を待たなければいけなかったので、空港内のフードコートで朝食をとった。おれはぬるいチキンご飯みたいなやつを頼んだ。クアラルンプールからタイまでは結構あっという間に着いた。海外旅行はこれが初めてで、入国手続きは結構緊張した…とりあえずなんとかなったけど。しかし入国早々、誤算があった。バーツ(タイの通貨)はタイに着き次第、クレジットカードのキャッシングで下ろせばいいや、と思って、日本円しか持たずに来たのだが、手持ちのカードがキャッシング利用の手続きをしていないものだったので、1バーツも下ろすことが出来なかったのだ。さとこも同様で、おれたちは結局手持ちの日本円を両替することしか出来ず、それでは足りなかったのでがーすーさんから借金をした。がーすーさんが居なかったら、結構ヤバイ旅行になっていたものと思われる。

 

その後、タクシー(と言っても、小さいトラックの後ろを客席に改造したみたいな乗り物)を見つけ、ドライバーのおばちゃんと我々の双方がグーグル翻訳を駆使しながら、行き先と料金を確認する。おばちゃんは無愛想で声が大きめでちょっとコワイ、グーグル翻訳もそこまで頼れるものじゃないので、コミュニケーションが成立してるのかよく分からない。不安はあったが、他の交通手段もよく分からないので、とにかく乗りこむ。チェンマイ国際空港から、チェンダオへ向かう通りには沖縄とかに生えてそうな樹が列んでいたりする。街並みは賑わっていて、通りは東京の国立に少し似ている気もするが、バイクに乗っている学生の女の子が沢山いて、三人乗りもザラに見受けられる。それから軽トラも多い。

 

街を抜け、少し閑散としたバス停でタクシーが停まる。おばちゃんの言うことはあまり分からなかったが、「私はここまで。あとはバスで近くまで行けるから」と言う感じだった。おばちゃんはバスのチケット売り場の方向を示してくれた上で、「バスの運転手にこれを見せなさい」とタイ語で我々の行き先を記したメモ紙を作ってくれた。おばちゃんは無愛想だが、親切な地元のおっかさんであった。バスは一時間か二時間くらい乗っていた。バスは停まることなく、減速するだけなのだが、乗客たちは慣れた様子でヒョイヒョイ飛び降りていくのだった。我々も少しビビりながら、タイ・スタイルで降車するに至った。そんなこんなでホテルに着いたのは夕方だった。

 

泊まっていたホテルの名前はココホーム、主人のココさんは親切で明るくて、英語も堪能だったので助かった。ボランティア活動なども精力的に行っているらしく、面持ちは若干ナットキングコールに似ていた。ココさんのイトコもそこで働いていて、いつもニコニコしている愉快な人だった。吊り橋をガニ股ダッシュで揺らして後続の我々をビビらせたり、バレンタインには「ハッピーバレンタイン!ユアビューティフォー!」と言ってさとこに上着をプレゼントしてくれた。(何度かチップを渡そうとしたけど、いいよいいよ、という感じで、全て笑顔で断られた。)ホテルの朝食はいつもトーストとゆで卵、あとバナナ、たまにマンゴー。簡素で良いなと思った。

 

旅の移動手段はヒッチハイクなら地元の学生のボックスカーとか、軽トラの荷台とか。もしくはレンタルバイクの三人乗り、トゥクトゥク(バイクタクシー)、自転車など。移動が面白い旅だった。朝には軽トラの荷台から時速100キロぶんの初夏(的な気温)の風を浴び、夜には流れる木々の向こうでじっと動かない星空を見つける、という具合だ。それだけならロマンチックだが、夜は野犬が活発化しているので、自転車でテリトリーに侵入してしまうと吠えながら追いかけてくる。運悪く狂犬病の犬に噛まれて処置が遅れると100%(!)の確率で死亡するらしいので、それはけっこう恐ろしかった。さとことがーすーさんが全力でチャリを漕いで犬から逃げる中、おれだけ平常心鈍行運転をしていたら、たちまち野犬の群れに囲まれてしまって、もう終わったと思った。しかし野犬たちは自分の縄張りから去ってほしいだけなので、ある程度のところまで来ると引き返していく。だからと言って安心はできない。狂犬病の犬は見境なく噛んでくるらしいので…野犬のいる国に行く方は注意した方が良いです。

 

チェンダオに来たのは、シャンバラというフェスがあり、がーすーさんがそれに出演するからだった。シャンバラには色々な国の人達が集まっていて、ライブの他、手工芸品を売る人が居たり、ヨガ等のワークショップがあったり、どこからともなくマリファナが薫ってきたりした。がーすーさんの出番は昼。草の上に敷物を敷いて、ワラの屋根が設置されたステージだった。素敵な雰囲気のライブだった。新しい歌もやっていた。少し心の混乱を感じる、青白いような歌。一番前で観て、トイカメラで写真を撮ったりした。今日、フィルムを写真屋に持っていった。

 

チェンダオは田舎なので、目をギラつかせたシティボーイみたいな奴(スリとか強盗とか、詐欺師とか)は居らず、ご飯も安くておいしかった。一度、ヒッチハイクで乗せてもらった車にカバンを置き忘れてしまうことがあったが、乗せてくれた人が我々の泊まっているホテルの主人と知り合いだったので、連絡をつけてもらって取り返してくれた。田舎だからみんな顔見知りな可能性もあるけど、その時は奇跡を感じた。

 

最終日だけはチェンマイで過ごした。女達がやわらかく座り込んでいる妖しいマッサージ屋とか、ナイトバザールとか。ナイトバザール内で夕食を摂っていると、地元のバンドが「ライカ〜ヴァージン~」と歌っているのが聞こえた。あと、オアシスとか、ニルヴァーナとか。いくつかのバンドが交代で演奏していたけど、皆どこか文化祭的な選曲だった。それはそれとして、チェンマイは渋谷に少し似ていた。全然違うんだけど、なんとなく。熱気のある街。

 

その夜は、がーすーさんと前日に合流してきた彼の友人/おれとさとこの二組に分かれて別行動をしていて、おれチームはあてもなく彷徨っていた。なにか面白い場所を探してうろついていると、ハードロックカフェを通り過ぎた暗い通りの奥の方に、ラスタカフェというバーがあったので、入ってみることにした。そこではナイトバザールに居た連中より硬派な感じのバンドが演奏していて、あるいはDJが爆音でレゲエをかけていた。心地良い場所だった。世界中いろんなとこで、みんなが楽しく過ごせるように頑張ってるんだな、と思って嬉しかった。久しぶりにジントニックを飲んだ。話しかけてきたサンフランシスコ出身のお姉さんに煙草を分けてあげた。彼女は「ありがとう!ところであなたってレディボーイなの?」と言って来た。「男性性が乏しい=レディボーイ」くらいの発想だったのだろう。別にどうでも良いが。…昨晩の七時頃、日本に帰ってきた。

 

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約1年が経過。今は19年1月。また行きたいな〜と思いながら文章を少しだけ直したり足したりした。書いてなかったけど、象の背中に乗って森を散歩したりもした。象の背中にくくりつけられた、今にもずり落ちそうな椅子の上で、シートベルトをして。ホテルの近くのタイラーメン屋にほぼ毎日通ったりした。あとセブンイレブン。いつも同じ店員なのだが、おれの顔を見るたびに愉快そうにクスクス笑うのだ。タイのセブンイレブンは、店で焼いてくれるホットサンドが売っていたり、店先にタイラーメンの屋台があったりして面白かった。ほんとにまた行きたいな。今は契約社員として働いているので思うように休みがとれない。やはり、働かず、貯えや人のお金で暮らせるなら(それを周囲の人間や養ってくれる方に咎められないのなら)、それが一番いい生活だと、今でも思う。周りに「最近仕事をやめた」みたいな人がちらほらいるので。それはいい生き方だとおれは言いたい。旅行もしやすいし。