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フィリピン人とタイ料理

先日、職場に新しいフィリピン人・ジェイ君(仮名)が入ってきた。23歳男、中肉中背。フィリピン人と日本人の親を持つハーフの女の子と昨年結婚して、その都合で来日したらしい。日本語はほとんど話せないけど、フィリピン人はみんな英語が話せるので、おれは妖刀・英検三級をぶん回し、カタコトのクソ英語で彼とコミュニケーションしていた。以下に書く会話は全て、実際はカタコトの日本語とカタコトの英語の応酬である。

 

ジェイ君はヒゲをそらないので上司に10回くらい注意されてもマスクで適当に隠して出勤して来たり、バックヤードの従業員用エレベーターを待ちながら台車に腰掛けていたりする適当っぽい人物だ。

 

……と書くと若干アホっぽいが、フィリピンにいた頃はバーを経営していて、経営者なら従業員達の前で仕事をやって見せてロールモデルになるべきだよ、みたいな持論を持っていたり、サッカーに励んで戦士のような表情をしていた痩身の時代があったりもする。写真を見せて貰ったのだけど、今とはまるで別人だった。見かけより堅実なところがある人なんだろうな、という印象もある。ジェイ君とおれは歳が近いからなのか、それからおれの方でも面白がって会う度に話しかけていた為か、わりと仲良くしてくれるようになり、たまに一緒に帰ったりしていた。

 

今日は妻が出掛けてしまい、なんとなく物寂しかったので、「仕事終わったらめし食いに行こうよ」と誘ってみた。ジェイ君は高円寺に住んでいて、前々から「高円寺には割安なタイ料理があるから今度行ってみてね」とか言っていたのである。それで今夜、その店に行こうよ、という事になった。

 

電車に乗ってるときに、「ゆうやさんは神を信じますか?」と訊かれた。そう訊かれたのは二度目で、前回はただNo.と答えた。彼は妻と二人で六本木の教会に通うカトリックである。よく分からないけど日曜礼拝とかいうやつだと思う。おれは「神は信じないけど、神を信じる人を尊敬します。そのような在り方は美しいし、信仰は人間にとって重要なことだから」と答えた。彼は微妙な表情で頷いた。「だからおれに神は居らず、救いを求めて祈ることはあるけど、祈りが神に届いたりはしない、空気の中に去って行くだけ」言いながら、我ながら神を信じられないのは空しいことだなと思った。

 

高円寺ではガパオとかパッタイとかを分けあって食べた。彼はその店を気に入って、近いうち奥さんとも行く、と言った。マンションの家賃が十五万もするらしい(日本語で言っていたのでなにかの間違いかもしれないが…)ので、一応おれのほうが歳上だし、奢ってあげた。

 

店を出て異なる帰途の岐路に立った。おれは暇だから適当に煙草吸ったりしてから帰るね」と言ったら、「じゃあ家においでよ」と、彼が奥さんと暮らすマンションに招いてもらった。それが高円寺ウーハというお世話になっているライブバーから徒歩二分くらいのところだったので驚いた。

「え、ここなの?いつもライブの時この辺で煙草吸ってるよ、何度もここを通ったことがある」

彼はカタコトの日本語で「なんだよ〜!ばかばかし」と言った。「ばかばかし」がどんな意味だと思っているのかは不明だったがその口調はいかにも「ばかばかし」的だった。

 

ジェイ君の住んでいるマンションに着くと奥さんが出迎えてくれた。歳は分からないけど多分同年代の、かわいらしくて優しそうな人だった。見た目はフィリピン人だが名前はハルコさんと言った…これはおれが考えた響きの近い仮名だけど。名前的に生まれは日本かもしれないが、話している感じは日本語より英語の方が得意そうだった。英会話の教師をしているらしい。彼らのマンションの部屋の一つは、英会話教室用のスペースになっていた。なるほど、そういうやり方があるのか、と思った。

 

ジェイ君が言った。

「部屋に帰り着いて、奥さんの顔を見ると、安心して幸せになります、リラックスする。これが僕の幸せです」

「おれもそうだなあ。おれは家に帰って来た瞬間奥さんにハグする」

「僕もです。今日は(ゆうやさんがいるから)あとでにするけど」

彼は奥さんに目配せしながらタガログ語で何か言った。ハルコさんは幸せそうに微笑んでいた。

「どうぞ」

ジェイ君が冷蔵庫から缶ビールを出して持ってきてくれたので、乾杯した。ハルコさんは「私はいいや」と言って傍らに座っていた。ハルコさんの方がジェイ君よりは日本語が話せるので、通訳をしてもらいながら、三人で三十分くらい話してから帰った。「明日もがんばってね、お疲れさまです」彼と彼女は明日も仕事がある。おれは明日休みなのでダラダラと帰宅した。

家に着いて、こたつで暖まっていたら、ジェイ君からラインが送られてきていた。

arigato gozaimasu」

 

ローマ字のアリガトウが、なんか身に沁みた。