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冗長桃太郎

第一部
《胎動》

昔々、今よりも幾らか前のある期間、それは一週間や数十年前ではなく、恐らく百年か二百年か、或いはそれよりもさらに旧い時代を指していると考えられる。しかしそれが石器時代よりは幾分先のことであるというのもまた明白である。なぜそのように言い切れるのだろう?と読者は疑問に思うに相違ない。それは、この後に続く物語の中に登場する事物が、石器時代よりは高度な文明を前提としなければ存在し得ないものである為だ。つまり、この物語が背景とする時代の中には、野山に転がる石を適当な形に叩き割る以外の様々な芸当を為しうる人々が存在していた、と考えることが出来るのである。

そのような時代の、あるところにおける物語が、これから始まろうとしている。あるところ、と言われたときに私達が想像する場所には大抵、山河の清浄な空気が漂っているものであるが、今回もまたその例にもれず、そこは恐らく川沿いの山村である。そこは断じて平地ではない。なぜならば、山が無ければこの物語を語ることは不可能となる為である。しかし、山はこの物語の中で最も不要なものの一つに数えられることも確かである。山はこの物語において起こる主要な出来事のいずれにも必要とされないものであるし、一度しか言及されないものであり、いかなる伏線ともならず、我々がしばしば金曜日のテレビで観ている映画番組でこの物語が上映される場合には迷いなくカットされるであろうシーンの中で、ただぽつねんと山が映されているものである。恐らく、あるところというのは旧い時代の中に数多ある山村の一つのことです、と説明する為だけに、この物語は山について言及する場面を持つ。私は、「昔々、ある山村で」と言えばそれ以上山についての描写は不要であると確信するものである。

あるところには、おじいさんとおばあさんが住んでいた。おじいさんペンギンとおばあさんペンギンではない。それは人間のおじいさんとおばあさんである。人間の定義は実に様々である。恐らく哲学者の中には、人間と同等の知性を持ち、感情に相当するとのを持つのであれば、それが一種の機械仕掛けであったとしてもそれを「人間」と呼ぶべきである、等と述べる者もあろうと考えられる。確かに、それもまた人間と呼びうるものであるのかも知れない。生身の人間の頭脳をそっくりそのまま機械によって再現し、デバイスの中に意識をインストールすることが出来るとしたら、それは人間と呼べるのだろうか?それを人間と呼べるとして、機械から発生した意識と、機械にインストールされた意識にはどれほどの差があると言うのだろうか?そのようなことを、日の出から日の入りまで考え続ける者も恐らく居るのではないかと思う。しかしこの物語における人間のおじいさんとおばあさん、というのは、ただ霊長類の一種としての人間を指すものであり、いわゆる人の姿をしてさえ居ればよいのである。

おじいさんとおばあさんは、とある山村で生活している。野菜を育て、木の実を採取し、木の枝と麻糸と芋虫などを用いて魚を釣り、生活を細々と繋いでいる。旧い時代のことであるから、毎日十分に腹を満たして生活していた可能性は低いと思われる。この物語が背景としているのは、ほとんどの子供が五歳にもならず怪我や病で命を落としていた時代である。おじいさんとおばあさんは、必死の思いで我が身を生活に繋ぎ止め、ようやく口に糊していた筈である。

その生活の一部としておじいさんとおばあさんは火を用いており、風呂を沸かしたり囲炉裏に火を起こす為に、焚き木を集める必要があった。おじいさんは最早老いさらばえてしまい、十分な体力が備わっていないので、斧などを用いて木を切り倒すようなことは極力避けている。しかし焚き木は必要なので、その代わりにそこらの山へと足を運び、雑木の細い枝を手で折っては、背に負った竹の編みかごの中へと放って集めていた。この細い枝のことを柴と呼び、それを集めることを柴刈りと言う。通例、この物語の中で柴刈りについて説明されることはまず無い。その為、幼時にこの物語を聞き知る我々は、ただ漠然と芝生を鎌で刈っている老爺を想像することがやっとである。しかし、苦しい生活を強いられているであろうおじいさんとおばあさんが、芝生を玩ぶことなどにその寸暇を割く道理は一切無いのである。果たして、その日もおじいさんは山へ柴刈りへ出掛けていた。悠長な老後など存在しない時代であった。

おばあさんはその頃川にいた。水遊びをしていたのではない。おばあさんは据えた臭いを放つ粗末な衣服の数着ずつを、やはり竹の籠に入れて川まで運んで来たところだった。「はあ、よっこいしょ」とおばあさんは言った。そうして実に難儀そうに籠を背から降ろすと、中に入っていた衣服を河原にぶち撒けた。衣服はみな煤けていて、生活から生ずる様々の臭いを辺りに漂わせてた。おばあさんは忌々しげに顔をしかめると、そこから一着を手に取り、川面にばしゃりと浸した。泥や汗などの汚れは薄茶色の濁りとして染み出し、濁りは流れに運ばれていった。おばあさんは川の中で衣服を揉み、擦り合わせながら洗っていた。揉んでも擦っても水が濁らないようになると川から引き揚げて、力を込めて絞っていく。水気を切った衣服は竹籠の中に放り込まれ、次の一着、また一着と順々に洗っていくのである。おばあさんは川の水の冷たさに指を痛めて、時折溜息をついた。おばあさんは洗濯を憎んでいた。しかし饐えた臭いの衣服を家中に転がしておくことはそれ以上の苦痛であった。それは、どちらの苦痛を採るか、という話であった。

最後の一着を洗い終えたおばあさんは、力尽きたように立ち尽くしていた。この川はどこから来てどこへ行くのか?おばあさんはじっと上流を見詰め、そんなことを考えるともなく考えていたのである。十分か、三十分か――――昔々の人々が六十進数で時を刻んでいたとは考えにくいので、おばあさんの感覚で言うならば「一本の薪が燃え始め、やがて炭となるくらいの」時間をおばあさんは過ごしたと言えるだろう。そしておばあさんは思っていた。そろそろ帰らなければ、おじいさんがうるさいだろう、と。しかし、いざ帰ろう、という段になって、おばあさんはあるものを見付けることとなった。それは全く持って予想だにしないものであった。おばあさんは川の上流を見やって、目を瞠っていた。上流からは、何か得も言われぬ音が聞こえてくるようであった。おばあさんの耳にそれは「どんぶらこ、どんぶらこ」と聞こえた。遠くから流れてくるそれは始め、何か巨大な桃色の塊に見えた。近づいてくるにつれて、おばあさんはそれが本当に巨大な桃であるということを認めざるを得なかった。口に糊するのがやっとの苦しい生活の中で、ついに気が触れてしまって、幻を見ているのではないか?おばあさんはそう思いもしたが、それが幻であると言い切るには余りに芳しい甘い香りが漂って来るため、おばあさんはやがて我を忘れて川に飛び込んだ。川の深さはおばあさんの腰の上ほどまであり、流れも決して緩やかではなかったが、おばあさんは一心に流れてくる桃を見詰め、鴨のように足で水を搔いて流れに逆らい続けた。そうしている内におばあさんの元へ流れてきた桃は、おばあさんが背負ってきた竹の籠より一回りも二回りも大きかった。おばあさんは必死に桃にしがみついた。両手の爪が桃に食い込むと、薄い皮の破れ目からは果汁が滴り、その香りにおばあさんは歓喜を覚えながら、桃をビート板のようにして岸へと泳いでいった。これほどに大きい桃であるから、外側が少々傷つこうが構ってはいられなかったのである。やがて、列車で死闘を繰り広げた荒くれたちが線路の外へ転げ落ちるようにして、おばあさんと桃は河原に上がった。おばあさんの頬にはいつの間にか擦り傷ができていた。どのようにして出来た傷なのか、興奮状態にあったおばあさんには見当がつかなかった。おばあさんは桃を抱え上げると、洗濯物を入れた竹籠の上に、けん玉のようにしてそれを載せた。竹籠を背負う足は寒さと疲労に震えたが、おばあさんはそれでも大いに満足していた。おばあさんが家に向かって歩いていると、桃は時々、おばあさんの歩みとはどこか違うリズムでぐらぐらと揺れているように感じた。おばあさんはそれをただ疲労のせいだろうと考え、歩みを緩めることはしなかった。この思わぬ収穫を、一刻も早くおじいさんと分かち合いたかったのである。

おじいさんはとうに柴刈りから帰って来ていた。家の戸をくぐったおばあさんを一瞥して、「今日は遅かったな」とおじいさんは言った。「どこで道草を食ってたんだ?」別に、怒っている訳ではなかった。この地域に暮らす男たちは、だいたい皆このような語り方しか知らなかったのである。おばあさんは「草どころじゃないのよ」と言った。「ほら見て」おばあさんは背から籠をおろして、おじいさんの前にどんと置いた。籠の上には巨大な桃が鎮座している。「おお」とおじいさんは言った。「どうしたんだ、誰かに貰ったのか」「いいえ、自分で拾ったの。なんせ、こんなに大きいのが川から流れてきたんだから。私、川の中に入って行って、それはもう頑張ったのよ」おばあさんは誇らしげにしていた。「そんな危ないことを」とおじいさんは少し顔をしかめたが、目の前に巨大な桃があるという喜びに抗うことは出来なかった。「しかし……不思議なものだな」おじいさんは感心して言った。「きっと、私達が一生懸命に暮らしていたから、仏様が下さったに違いないわ」おばあさんが言うと、おじいさんは「はああ」とため息のような声を出しながら暫し両手を合わせた。