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箱庭からクラブへ(自分で設けた境界についての雑文)

「今度飲みイベやるからおいでよ」

LINEで知り合いのダンサーの方から連絡が来たのが一か月前。"飲み"とも"イベ"とも縁の薄い私だが、僭越ながら妻と二人で足を運ぶことにした。会場に着いたのは0時。中に入ると、天井の左右に設置されたスピーカーからヒップホップが掛かっていた。キャップを被ったDJのお兄さんはガムを噛みながら卓を操作していた。

顔見知りの方達が何人か声をかけてくれる。人の名前を覚えられないことを申し訳なく思うが、来年にはまた忘れてしまっている気がしてつらい。かろうじて覚えている人には自分から挨拶をする。人に話しかけることは苦手でつらい。人の集まる場所でなにかポジションなり人間関係を確立するということから逃避し続けて生きて来た部分があるので、正直、どんな顔をしてそこに居ればいいか分からない。肝臓に似合わない酒を着せながら棒立ちで妻と話す。立っているだけなのに足をつる。

「どうしたの?」さっき挨拶したお兄さんが声をかけてくれる。

「立ってたら足つりました」

「踊ってる方が逆に良いかもね。俺は踊ってたらイボ痔が良くなったよ」

お兄さんが去っていく。

棒立ちで足をつるような奴がこの場に存在していていいのかと少し疑問に思ったが、私はヒップホップを聴くのもダンスを見るのも好きなので、後悔はしていなかった。(ただし主に90年代らへんのものが好きで、ブッダブランドとビートナッツとフリースタイル・フェローシップぐらいしか聴いてないけどそれらは愛している、という感じです。あと5lackも好きです)

 

更に夜が深まると、ダンスのショーケースが始まった。用意してきた1曲か2曲程度の音楽に合わせて、それぞれのグループが持ち寄ったダンスが披露された。間近でかっこいいダンスを観ることができて幸せだった。ダンスのスタイルの名前などを全然知らないので特にライブレポ的な文章は書けないのだが、ダンスをやってる人達はかっこいい音楽とか服をよく知っているように見えた。自分の知らないどこかには、カルチャーの泉とそこに生きるコミュニティが有るのだろうと思った。

何組かのショーケースが終わってしばらくすると、フリーセッションのような時間があった。音楽が掛かっている中で、なんとなく場の流れで指名された人が順々に踊っていく、という感じだった。ショーケースの為に用意されたダンスはもちろん素晴らしかったが、その場で即興的に形成される表現の面白さがあった。こんな面白いことを夜通しやっているのだからダンサーの方達の生きる世界というのはすごいなと思わずにはいられなかった。

……という感じで、完全に他人事な気持ちで突っ立って眺めていたのだが、ひととおり全員が踊り終わったっぽいな、というタイミングで、司会(イベントを主催している、LINEで誘ってくれた知り合いの方)が「ゆうや!!」と私の名前を呼んだ。同じ名前の人が居るんだなぁと思っていたのだが、司会は明らかにこちらを見ている、こちらを指さしてもいる。「こいつは普段はギタリストやってます」と紹介して頂いている。逃れようがなく、私は先ほどまでダンサーの皆様が踊っていた空間に駆り出されてしまった。そして「適当でいいから踊ってみなよ!楽しいよ!」というようなことを言われた。プロ含むダンサーの輪の中、温かい目で見守られながら、私は身動きがとれず拒絶することしかできなかった。ゲームならここでゲームオーバーだが、現実の出来事なので、死の救済というようなものもなく、うやむやにセッションタイムが終了した。そのあとで、司会を一区切りした主催の方から、

「ギター弾いてるんだから、ダンスもやった方がいいよ、長い付き合いなんだからもう出来るっしょ?」

と言われた。いやいや……と思わずにはいられなかった。私にとって踊るということは、好きな人にLINEを送るくらい恐ろしいことなのだが、呼吸するように踊り、そして愛を表現して生きて来た人達(多分)には理解して頂けそうにもなかった……。

ただ、そのような形で自分をその場の皆さんに紹介していただいたのだ、ということがよく分かるので、自分から場に入って良く、誰かとつながりにいく、というのが心底苦手な私にとっては、とてもありがたいことだった。

 

家に帰ってから思ったのは、「私という名前のついた箱庭の外に足を踏み出すことは難しい」ということだ。それは、仕切り板の中で育った犬が、大人になってその仕切りを跳び越えられるようになっても、決して跳ぼうとしない、という話に似ている。私はこういうものだ、という一つの箱庭のようなものがあると思う。そこには、「私なら言う言葉」や、「私ならこう考えるという価値観」「私にできること」などが収まっていて、私たちはいつも、その箱庭の中で暮らしている。そして、何か「できない」「知りたくない」「嫌い」など、「これは私ではない」という物事については、箱庭の外に置かれているのだと思う。今回「踊りなよ!」ということをいきなり言われてみて、私は、自分の箱庭の外に広がる世界の存在を強く感じた。そこはきっと面白い場所なのだと思うが、その場所に足を踏み入れることは難しい。そしてそれを難しくするのは、「私とはこういうものだ」という線引きでしかない。でしかない、というものなのだが、私は文字通りステップを踏むことが出来ずにその夜を過ごしてしまって、醜態をさらすことのできない自分を後から憎々しく思った。かといって、もう一回同じ機会があったらやはり拒絶してしまいそうな自分がいるのだが。

 

何か消しゴムみたいなものがあればいいのに、と思う。人によってはお酒とかがそういうものになるのだと思う。それを殊更に悪いことだとは考えていないけど、私には酒で自分を誤魔化す才能がないし、健康な落ち着いた状態で自分のボーダーを越えていける大人になれるなら、それが一番いいだろうと思う。しらふで使える消しゴムが欲しい、と思った。そのようなものが私の手元にあるとは言えないが、私なりに都度都度ラインを越えて生きていきたい。

 

ダンスは音楽のアルバムのようにパッケージされて見返すことの難しいものだと思う。今回私たちが足を運んだのはダンサーのイベントなので、客層も大半がダンサーあるいはDJなど、とにかく何かしらヒップホップとの深い関わりを持って居る方達ではないかという印象だったが、私のような門外漢でも存外感動できる(韻を踏んだ)素晴らしいものなので、みんなもダンスのイベントとかあったら行くと面白いし、その場で浮くとしても、それが観られるだけで良い体験になると思うよ!というのが私の伝えたいことなのだが、実際に足を運ぶ場合に一つだけ覚えていた方がいいのは、

ダンサーを覗く時、ダンサーもまたこちらを覗いているのだ

ということだ。

 

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9/24に白いベランダのライブがあります。

詳細はHPに入ってちょっと下までいくとあるので、

興味のある方は「行くよ~」みたいな感じでTwitterなどで連絡ください。

(どなたでも是非あそびにきて頂けたらうれしいです。)

shiroiveranda.com